日本語センター
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「●ぬ」で終わる動詞
2016-09-12 Mon 23:14
「食べる」、「飲む」、「話す」、「書く」・・・など。
日本語には多くの動詞があります。

日本語の動詞の大きな特徴は
「辞書形(注1)がすべて五十音表のウ段の音で終わる」
というものです。
「食べ」、「飲」、「話」、「書」・・・。全部ウ段の音ですね。
(注1)「辞書形」:国語辞書に掲載されている形。
     国語の文法で習った「終止形」のことを日本語教育では「辞書形」
     と言います。

更に、もう少し詳しく見てみると、動詞の辞書形は、ウ段の音すべてを使って
いるわけではない
ことが分かります。

ウ段の音は「う く す つ ぬ ふ む ゆ る」で、これに濁音、半濁音の
「ぐ ず づ ぶ ぷ」を加えて14です。
(「きゅ、しゅ、ちゅ」などの拗音で終わる動詞がないことは明らかなので、
ここでは除きます)

そこで、皆さん。ちょっと考えてみてください。
「●う」、「●く」、「●す」・・・とそれぞれのウ段の音で終わる動詞の例を。

「●ふ」、「●ゆ」、「●ず」、「●づ」、「●ぷ」で終わる動詞は一つもない
ことに気づきませんか?
(古語に範囲を広げればありますが、ここではあくまで今の日本語の範囲で)

更に、「歌う、笑う」、「書く、聞く」、「話す、刺す」、「立つ、持つ」、
「読む、飲む」、「座る、起きる」、「泳ぐ、脱ぐ」、「遊ぶ、結ぶ」などは
複数の動詞の例があるのに、「●ぬ」で終わる動詞は「死ぬ」しかないことに
気づきましたか?

そうなのです。
日本語の動詞で「●ぬ」で終わる動詞は「死ぬ」一つなのです。
古語に範囲を広げれば「往(い)ぬ(または、去ぬ)」がありますが、
それでもたった二つです。
しかも、「往(い)ぬ(去ぬ)」にも「死ぬ」の意味があります。

どうしてなのでしょうか?
「●ぬ」で終わる動詞が「死ぬ」と「往ぬ(去ぬ)」という、どちらもこの世から
行ってしまう意味の言葉。
理由は分かりませんが、昔の日本人の「ぬ」に対する感覚のようなものを
感じてしまいますね。
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「わき見」と「よそ見」の違い
2016-09-05 Mon 21:39
ポケモンGO。
皆さんの周りでも流行っていますか?
私の周りでも、日本人、外国人関係なく、大人から子供まで楽しんでいます。

そのポケモンGOがらみの事故もニュースで報道されていますね。
ゲームに気をとられての自動車、自転車の事故です。

こんな時、「わき見運転で事故」と言いますが、この「わき見」に似ている言葉
に「よそ見」があります。

「わき見」と「よそ見」。
どちらも「他の物事に気をとられ、別の方を見ること」を言います。

授業中に[よそ見/わき見]をする。
[よそ見/わき見]しながら歩く。
と同じように使うことができます。

しかし、
わき見運転」は言いますが、「よそ見運転」とは使いません。
また、恋人が他の異性に気をとられている時は、「よそ見しないで!」と言い
ますが、「わき見しないで!」とはあまり言いません。
他にも、一心不乱に仕事をしている時も、「わき見もせず仕事する」と言います
が、「よそ見もせず仕事する」とはあまり使いません。

このような使い方の例を見ていると、「よそ見」と「わき見」は違いがある
ようです。

「よそ見」の「よそ」とは、(自分とはかかわりのない)別のところ。
特に、自分の所属とは別の組織・集団」のことを指します。
一方、「わき見」の「わき」は、すぐそば、かたわら。または、中心から外れた
方向・場所のことを指します。

つまり、「よそ」が「組織・集団」に関する「他」、「別」なのに対し、
「わき」は「方向・場所」についての「他」、「別」
であると言えます。

これが、「よそ見」と言えるが、「わき見」とは言えない(またはその反対)の
使い分けの差を生じさせています。

そう考えると、恋人が「わき見」をしているのは許せても、「よそ見」をして
いるのは許せないのも理解できますね。
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自転車は「押す」?「引く」?
2016-08-29 Mon 21:47
自転車に乗らないで、ハンドルに手をかけて歩いていることを皆さんは、
「自転車を押す」と言いますか。それとも、「自転車を引く」と言いますか。

「押す」か、「引く」か。
地方によって、どちらかしか使わないというところもありますが、両方使う
というところもあり、どちらかが間違いというわけではありません。

ただし、「両方使う」をいうところは、「押す」と「引く」の使い分けを
しているようです。

では、「押す」と「引く」。どのように違うのでしょうか。

手元にある辞書をみると、

押す」:向こうへ動かそうと力を加える。(例)荷車を押す。
引く」:前から力を加えて車などを進める。(例)荷車を引く。

とあります。

つまり、
「押す」というのは、物が自分の前にあり、それに後ろから力を加えて動かす
動作、
一方、「引く」というのは、物が自分の後ろにあり、それに前から力を加えて
動かす動作

と言えます。

そうなると、自転車のハンドルに手をかけて歩く状態は・・・。
自転車があるのは、自分の前でも、後ろでもありません。「横」にあります
だから、「押す」のか、「引く」のか?という疑問が出てくるのかも
しれません。

ハンドルと自分の位置関係に注目するなら「押す」 です。
また、前のかごに重い荷物が載っている場合も「押す」を使う傾向があります。

それに対して、自転車の後ろに重い荷物が載っている場合は「押す」ではなく、「引く」 と言いたくなるのではないでしょうか。

学生の頃、教授に「日本は上り坂と下り坂のどちらが多いか?」という問題を
出されたことがあります。答えは、「同じだけある」です。
なぜなら、坂を上から見れば「下り坂」、下から見れば「上り坂」。
どちらの視点で見るかで表現が変わるということです。

自転車を「押す」と「引く」。
これもどちらの視点で見ているのかで、日本人は無意識に使い分けている
のですね。

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「~てくれる」と「~てもらう」の違い
2016-08-22 Mon 18:58
オリンピック、終わってしまいましたね。
朝起きるたびに、「結果はどうなった?」、「何色のメダル?」と楽しい
17日間でした。

そのオリンピックの実況中継で、こんな表現がありました。

アナウンサーA 「う~ん。なかなか点をとらせてくれません。」
アナウンサーB 「う~ん。なかなか点をとらせてもらえません。」

「とらせてくれません」と「とらせてもらえません」。
日本語を勉強する外国人から「先生、どう違いますか?」と質問されそうな
表現です。

この二つはどう違うのでしょうか。

「~てくれません」は「~てくれる」の否定、「~てもらえません」は
「~てもらう」の否定ですから、
「~てくれる」と「~てもらう」の違いを考えてみます。

「~てくれる」と「~てもらう」は、日本語教育では「行為の授受」と言い
ます。つまり、何らかの行為を相手から受け取る際に使う表現です。

例えば、
① 田中さんは私に傘を貸してくれました
② 私は田中さんに傘を貸してもらいました

というように、「田中さん」と「私」の間で「(傘を)貸す」という行為の授受
が行われた時の表現です。

①と②の文では、どちらも「『貸す』という行為をしたのは田中さん」、
「『貸す』という行為を受けたのは私」です。
同じことを表してるようですが、実は違いがあります

まず、表面的なルールとしては、
① 「行為をする人(▲▲)」は 「行為を受ける人(●●)」に ~てくれる。
② 「行為を受ける人(●●)」は 「行為をする人(▲▲)」に ~てもらう。
というように「▲▲」と「●●」の語順が違います

しかし、それだけではありません。
「~てくれる」は、人の行為を受けて、感謝の気持ちを持っている時
使います。
一方、「~てもらう」は、人に行為を頼んで、その行為に感謝の気持ちを
持っている時
に使います。

ですから、急に雨が降って、困っている時、
① 頼んでいないのに、田中さんが傘を私に貸した + 私は「ありがとう」
  と思った ⇒ 貸してくれました
② 私は田中さんに「傘を貸して」と頼んだ + 田中さんが傘を私に貸した 
  + 私は「ありがとう」と思った ⇒ 貸してもらいました
という違いがあるということです。


そう考えると、実況中継も
「点をとらせてくれません」と言うときと、「点をとらせてもらえません」と
言う時では状況やアナウンサーの心情が違うということですね。

「~てくれる」と「~てもらう」。
違いを理解して、使い分けたいですね。
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「だけ」と「しか」
2016-08-08 Mon 22:15
ある映画の台詞です。
去っていく恋人に向けてヒロインが投げた言葉。

「行かないで!私にはあなただけなの!」
「行かないで!私にはあなたしかいないの!」

「だけ」と「しか」。
どちらも「限定」を表す言葉です。
日本語のテキストでは、初級(または中級前半)に出てきて外国人も勉強する
ので、日本語教師はこの二つの言葉の違いを教えなければなりません。

では、どう違うのか。

まず、「だけ」と違い「しか」は常に「~ない」と一緒に使うというルール
があります。
これをしっかり理解させなければなりません。
そうしないと、外国人は「私はあなたしかいます。」という文を作ってしまうのです。

更に、「だけ」と「しか」は同じ「限定」でも、「限定の質が違う」ことを
理解させる必要があります。

「しか」は「~ない」と一緒に使うことからわかるように、「●●しか~ない」の
「●●」以外のものをすべて否定する時に使います。
ですから、「あなたしかいないの!」は「あなた」以外の人をすべて否定する
心情
を表しています。

一方、「だけ」は確かに限定していますが、他を否定する意味はありません
つまり、「あなただけなの!」は他にも人はいるけれど、その中で「あなた」を
限定する心情
を表しています。

「だけ」と「しか」。
同じ「限定」を表す言葉ですが、どちらを使うかで、その人の「崖っぷち度合」
が分かるかもしれませんね。

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「だいたい」と「たいてい」はどう違う?
2016-08-01 Mon 22:55
「だいたい」と「たいてい」。
両方とも「全部ではないが大部分」ということを表す時に使う言葉です。

この二つの言葉。
実は、その使い分けに悩む外国人が多いのです。

どうしてか?
辞書をひくと、どちらにも「大部分、ほとんど」という説明が書いてあり、
辞書によっては、「だいたい」の説明に「たいてい」と書いてあるものも
あります。だから、「だいたい」=「たいてい」と考える外国人が多いのです。

しかし、本当に同じでしょうか
皆さん、次の文で考えてみてください。

Q:報告書はもう書き終わった?
A1:はい、だいたい書き終わりました。
A2:はい、たいてい書き終わりました。

この場合、A2の答えを聞いたら、私たち日本人は「変な日本語」と感じる
のではないでしょうか。

では、次の場合はどうでしょうか。

B:私はだいたい寝る前に歯を磨きます。
C:私はたいてい寝る前に歯を磨きます。

この場合は、Bの文に違和感を覚えるのではないでしょうか。

そうです。この「違和感」は私たち日本人は「だいたい」と「たいてい」を
使い分けているということを教えてくれています。

では、どう違うのか・・・というと、
「だいたい」ある一つのものに対する大部分を表す時に使う表現。
「たいてい」複数の同種のもの大部分を表す時に使う頻度・確率の表現
ということができます。

つまり、私たち日本人は、「報告書」という一つのものの大部分が書き終わって
いる時は「だいたい」を使い、複数の日(例えば30日間)のうち、「寝る前に
歯を磨く日」が大部分であれば、「たいてい」を使っているということです。

ただ、最近は「だいたい」が優勢(?)なのか、その使い分けが曖昧になって
きているようにも感じますが、使い分けないと変だ!という部分も残っている
ので、「だいたい」=「たいてい」と簡単に片づけてしまうのは、避けたいものです。

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